燃料 石油危機と日本のエネルギー政策
一九七三年十月、第四次中東戦争勃発をきっかけに、世界は未曽有の石油危機に直面しました。これが第一次石油危機です。アラブ石油輸出国機構(OAPEC)による石油戦略の使用は、産油国以外の世界各国に大きな衝撃を与え、日本もその例外ではありませんでした。これまで安定的に供給されていた石油が突如として手に入りにくくなり、価格は急騰しました。この影響は、あらゆる産業に波及し、物価は上昇の一途をたどりました。国民生活は圧迫され、企業活動も停滞し、日本経済は大きな打撃を受けました。第一次石油危機から五年後の七八年には、イラン革命を契機として、再び石油供給が不安定化しました。これが第二次石油危機です。中東情勢の緊迫化は、原油価格の乱高下を招き、世界経済は再び混乱に陥りました。日本経済もまた大きな影響を受け、エネルギー安全保障の重要性が改めて認識されることとなりました。二度にわたる石油危機は、資源小国の日本にとって大きな教訓となりました。エネルギー源を特定の国や地域に依存することの危険性を痛感し、石油への依存度を下げ、エネルギー源の多様化、省エネルギー化、そして国産エネルギー資源の開発が急務であるという認識が広まりました。この経験は、その後の日本のエネルギー政策に大きな影響を与え、現在も続くエネルギー問題への取り組みの原点となっています。
